
慢性化すれば当たり前
感覚はいつもと同じ、でもカラダは教えてくれる
いつもと何も変わらない日常
カラダも特別悪いところがあるとも感じない
痛いところもないし・・・
そんな時でもカラダはより善くなろうと何かを教えてくれる
「なんともない」
と感じているのは、感覚だ
そして、多くの場合は、脳で考えている
感覚は、よくも悪くも強い刺激がないとボケてくる
または、一定の刺激を常に与え続けると鈍くなりボケてくる
その刺激を感じなくなってくる
例えば、
ある日、部屋の時計が電池切れで止まってしまった
そのことに気付いた時は、「あっ、直さなきゃ」と思う
翌日、ふとした時に時計を見て「あっ、止まってたんだった」と思い出す
しかし、直さずに1ヶ月、2か月と過ぎていくと
次第に、そこの時計の存在さえも忘れ見ることもなくなっていくだろう
60年前の手術

毎月定期的にお身体のケアをされている女性のケース
僕「お身体の調子は、如何ですか?」
女性『んん~~、まぁ~いつもと特別変わりなくです』
僕「そうですか。それじゃ~カラダに聴いていきますね」
・・・
・・・・・・
カラダのコエ【お腹のあたり】
僕(お腹かぁ~、女性だし帝王切開でもしたのかな?聞いたことはないしなぁ…)
僕「○○さんって、帝王切開とかしていますか?」
女性『いやしていないですよ』
僕「あぁ~そうですか。でも、今日は、お腹からの反応があるんですよ」
女性『あぁぁ~~、お腹を切って手術したことはありますよ』
『6年生の頃だったと思いますけど、、、、、、、』
その時の手術の話を聞く
僕「そんなことがあったんですね。大変でしたね」
「では、カラダはその時に負った傷からの手当てをしてほしそうなのでやっていきましょうか」
60年も前に行った手術、手術は上手くいった
傷も今では痛みもしないし、
手術をしたことを思い出すことも減り
思い出さない日もあるくらいに記憶は薄れていってたんだろう
そして、体調もいつもと変わらいないと感じるようになっていた
しかし、カラダは、【60年前の傷(手術痕)から今よりももっとより善いカラダになれるよ】と教えてくれた
何もない、特に異常ない
よくよく考えてもみれば
「何もない」「特に異常ない」
と、感じて、考えて常日頃使い続けた結果が
分かり易く言えば、ギックリ腰や寝違えや肩が挙がらないといった
症状になっているわけです
本当に何もなければそのまま使い続けたカラダには、何も起こらないはず
なのに、ある日突然カラダに異常をきたすという事は
本人の感覚では感じ取れていないカラダのコエ(訴え)を聞き逃し続けていた
ということです
何もない時こそ
何もないと感じている時こそ
私たち専門家がカラダのコエを聴き
何もないと感じているカラダをさらにより善いカラダになるお手伝いを致します
ご興味のある方、直感でピンと来た方
ご相談お待ちしております